#23 ビブラートの『怪』


 今回は『ビブラート』というものについて考察してみたいと思う。
 ビブラート(Vibrato)とは、『器楽演奏や歌唱において、音を小刻みに振るわせるようにする奏法』ということになる。英語ではバイブレーション(Vibration)という。まあ、こんな説明はこのページの読者には必要ないとは思うが・・・。
 私は音楽、特に歌ものを聴く上で、この『ビブラート』というものに昔から変な執着を持っている。そしてこのネタを扱うことは今まで私の中で禁断とされていたのである。理由については一番最後に触れることにするが、ビブラートという観点で音楽を聴くと、色々と面白いことがたくさんあるのだ。
 まずは、楽器という観点から見てみよう。楽器をビブラートという観点で分類すると、次の3つに分けることができる。

 1. ビブラートを使わなければ絶対に聴けないもの。
 2. ビブラートは使っても使わなくてもそれなりに聴けるもの。
 3. ビブラートは使いたくても構造上絶対に使えないもの。

 に代表される楽器はバイオリンを始めとした弦楽器である。ビブラートをかけることができない素人や子供のバイオリン演奏を聴いたことがあるだろうか? そりゃもう絶対に聴けたものではない。木管楽器も一般的には同じことが言える。だがここに一つだけ例外がある。それはクラリネットである。クラシック音楽におけるクラリネット演奏にはビブラートはかけない。ところがジャズや他のジャンルの音楽ではビブラートをかけて演奏するのである。一体なぜなのだろうか? ちなみに同じシングルのリードを持つサクソフォンの場合は、クラシックの場合でもしっかりビブラートをかけて演奏するのが普通である。
 に分類されるのは金管楽器と一部の弦楽器(キターなど)である。これらの場合は演奏者によってもう千差万別である。ホルンという楽器は演奏した人なら分かると思うが、本来非常に音の安定しない楽器である。唇のちょっとした締め具合ですぐに全く違う音がでてしまうのだ。よってプロの演奏者でもビブラートなどはかけないのが普通である。しかしソビエト国立交響楽団のホルン奏者はちゃんとビブラートをかけて演奏できるのである。ただ者ではない。
 であるが、これはいわゆる鍵盤楽器とパーカッション一般である。皆さんはデジタル音源のピアノの音にビブラートをかけてみたことがあるだろうか? はっきり言って鳥肌ものである。その状態でショパンの別れの曲やサティーのジムノペディを弾いた日にはもう失神寸前である。

 今度は歌唱におけるビブラートを考えてみよう。
 歌の場合は大きく2つに分けることができると思う。声楽と演歌、そして、その他である。
 声楽と演歌におけるビブラートは結構統一されている。声楽の場合は大体4〜5ヘルツ、演歌の場合は3〜4ヘルツと大体速さが決まっているのである。ところがその他のポップス、ロック、ニューミュージックなどの場合、はっきり言ってアーティストによって千差万別である。速い人、遅い人、かける人、かけない人、もうバラバラである。
 一般的に『歌のうまい人』と『下手な人』の違いを論じるときに『声に伸びがあるか』とか『抑揚があるか』などという言い方をするが、実は『ビブラートをきれいにかけられるか』というかなり大きな要素がある。NHKのど自慢をよく聴いてみよう。あの番組ではきれいなビブラートをかけられなければ絶対に合格できないのである。そういう点で、ビブラートにあまり固執しないポップス系で出場する人には合格者が少ないのである。
 私はこの歌におけるビブラートにおいて、2つの大きな疑問を持っている。1つは『ポップス系の歌手の人はビブラートをかける練習というものをやっているのだろうか?』ということである。私は大阪の盲学校にいたときに、不本意ながら声楽の授業を受けていた。その時の先生が『正しい発声をすることができれば、自然にビブラートがかからものだ』みたいなことを言っていたのだが、どうも信用できない。声楽系のビブラートはもしかしたそんなものなのかも知れないが、どう考えても『正しい発声の仕方』を学んでいるとは思えないポップス系や演歌系の歌手の場合は一体どういう機序でビブラートをかけるに至ったのか、私にとっては謎なのである。ちなみに私はビブラートをかけることができない。あんな七面倒くさいことがどうしてできるのだろうか?
 そして第2の疑問である。それは、秒間6ヘルツ以上の急速なビブラートをかけられる人の存在である。具体的には中島みゆき、戸川純、辛島美登里、森高千里、篠原美也子、秋吉契里、Favorite Blueのボーカルの松崎麻矢、さらにどう考えても7ヘルツ以上という強者もいる。後期の桜田淳子、森田健作、渡哲也、中江有里、林原めぐみ、松澤由美、ベリンダ・カーライル、デニ・ハインス、ショーラ・アーマ、もはや人間業とは思えない。こういった急速なビブラートのことを俗に『ちりめんビブラート』といい、歌謡教室などでは一般的には良くない歌い方だとされている。しかしよくないも何も、私にはやりたくても絶対に真似ができない。一体彼らの声帯はどういった構造になっているのだろうか? どなたか明確な回答をいただきたい。
 一般的にはこの『ちりめんビブラート』を聴くと背筋が寒くなる人が多いようであるが、私の場合はちょっと特殊である。特に女性ボーカルを聴くと何だか生理的に感じてしまい、体のある一部分に変化が生じてしまうのである。具体的な変化の内容はこの健全なホームページの中ではちょっと発表することができないのだが・・・。

(1998/09/19)